| ― 慈悲のまなざしが見守る鎮魂の祈り ― 金剛庵にお祀りされている六地蔵尊は、単なる仏像ではありません。 そこには、東日本大震災の被災地で見つめ続けてきた現実と、 人々の悲しみに寄り添い続けてきた祈りが込められています。 この六地蔵尊を制作したのは、 金剛庵の仏師・仏画師であり、現在の庵主源生の妻でもある蒼唯です。 蒼唯は東日本大震災当時、被災者ではありませんでした。 しかし、震災で住まいや仕事を失いながらも 災害ボランティア団体を立ち上げた源生の活動に共感し、 一人のボランティアとして毎週末被災地へ通い続けました。 瓦礫の山となった町。 家族を失った人々の涙。 泥に埋もれた思い出の品々。 そして、多くの命が失われた場所。 蒼唯は、報道だけでは決して伝わらない現場の現実を、 その目で見続けてきました。 人が亡くなるということは、数字ではありません。 そこには人生があり、家族があり、夢がありました。 だからこそ彼女が彫り上げた六地蔵尊の表情は、 厳しさではなく、どこまでも優しく豊かな慈悲に満ちています。 まるで、 「もう大丈夫ですよ」 「苦しかったでしょう」 「ゆっくり休みなさい」 そう語りかけているかのような穏やかな微笑みです。 六地蔵菩薩は古来、六道を巡りながら衆生を救済するとされる尊格です。 地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天。 どのような世界にあっても見捨てることなく、 その苦しみに寄り添うのが地蔵菩薩の誓願です。 金剛庵の六地蔵尊もまた、 特定の宗派や信仰を超えた祈りの象徴として建立されました。 その祈りは東日本大震災だけに留まりません。 1995年の阪神・淡路大震災以降、 日本は数え切れないほどの自然災害に見舞われてきました。 地震、津波、豪雨災害、土砂災害、噴火。 そして同じ1995年には、 社会を震撼させたオウム真理教による国家転覆を企図した一連のテロ事件が発生しました。 さらにその後も、無差別殺傷事件、凶悪犯罪、交通事故、労働災害など、 多くの尊い命が失われ続けています。 金剛庵の六地蔵尊は、そのすべての犠牲者に向けられた鎮魂の祈りでもあります。 自然災害によって命を失った方々。 事件や事故によって突然人生を絶たれた方々。 そして残された遺族の悲しみ。 六地蔵尊は、そのすべてを静かに受け止める存在として、 この地にお祀りされています。 私たちは過去を忘れてはなりません。 悲しみを繰り返さないためにも、亡き人々を記憶し続けることが大切です。 しかし同時に、悲しみだけに留まり続けるのではなく、 生かされた私たちが 今日を懸命に生きることもまた供養であると金剛庵は考えています。 六地蔵尊の優しい微笑みは、 亡き人への鎮魂であると同時に、 生きる私たちへの励ましでもあります。 その慈悲のまなざしは今日も静かに、 すべての命を見守り続けています。 合掌。 真言密教役宝派 管長 修験道場大慈山金剛庵 庵主 江湖源生拝 |
金剛庵の鎮魂の御仏〜六地蔵尊

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