
祈りの造形――Kawahara蒼唯
| 庵主の妻・Kawahara蒼唯は、 若い頃より絵画や仏像に深く惹かれ、 いつしか「仏師になりたい」 という想いを胸に抱いて参りました。 長い年月の中で、暮らしの傍ら、 自身なりの造形表現を細やかに続け、 近年になり本格的に仏像制作、そして墨絵・仏画へと 歩みを深めております。 決して、伝統的な流派や肩書きの中で 育まれた作風ではありません。 しかし、その作品には、一体一体、一画一画に、 確かな祈りと向き合いの時間が込められています。 金剛庵において庵主は修法の中で仏像の開眼を行いますが、 蒼唯の作品には、不思議なことに、 開眼以前から「気配」や「ぬくもり」を感じることが 少なくありません。 それは技術論だけでは語れない、 長年仏に心を寄せ続けてきた者だからこその、 静かな霊性の現れなのかもしれません。 蒼唯自身、作品を単なる美術品とは考えておりません。 見る方の心に寄り添い、時に癒しとなり、 時に祈りの拠り所となるような存在であってほしい―― その願いを込めながら、一つひとつ制作しております。 まだ歩みの途中ではありますが、 いつの日か個展を開き、 多くの方に作品をご覧いただくことも夢の一つとしております。 金剛庵では、そうした作品もまた 「祈りの表現」の一つとして、大切にご紹介して参ります。 |
| 作品とのご縁・展示・制作のご相談については、 お気軽にお問い合わせ下さい。 |
Kawahara蒼唯――制作理念
| 私にとって仏像や仏画は、単なる作品ではありません。 「作る」というよりも、静かに向き合いながら、そこに現れてくるものを形にしていく――そんな感覚に近いものがあります。 幼い頃より仏像や絵画に惹かれ、仏師への憧れを抱きながら、自分なりに長く造形と向き合って参りました。 そして今、本格的に仏像制作や墨絵に取り組む中で、より強く感じていることがあります。 それは、仏さまのお姿には「正しさ」だけではなく、「ぬくもり」が必要なのではないかということです。 仏像や仏画は、鑑賞のためだけにあるものではなく、 見る人の心を静め、寄り添い、時に祈りの拠り所となる存在であってほしい。 私はそのように願っています。 制作において大切にしているのは、「うまく作ること」だけではありません。 どれだけ心を澄ませ、祈りを込め、向き合えるか。 一体一体、一画一画に、 自分自身の祈りと真心を込めながら制作しております。 完成した時、それは私の手を離れ、必要とされる方の元へ旅立っていくものだと思っています。 もし、その作品に何かを感じていただけたなら。 それはきっと、仏縁なのだと感じています。 |