| ― 大切な方を自死で亡くされたご家族へ ― 大切な方を自死によって亡くされた方の苦しみは、言葉では言い尽くせません。 「なぜ止められなかったのだろう」 「苦しかったのだろうか」 「今、どこにいるのだろう」 「供養はどうすれば良いのだろう」 そして時に、 「自死した人は成仏できない」 という言葉に深く傷ついてしまう方もおられます。 金剛庵では、まず最初にお伝えしたいことがあります。 ご自身を責め続けないで下さい 自死遺族の方の多くが、 「自分のせいではなかったか」 という深い罪悪感を抱えておられます。 しかし、その苦しみは、簡単に誰かが理解できるものではありません。 ご家族だからこそ見えなかったこと。 支えたくても支えきれなかった現実。 それは、決して簡単な問題ではないのです。 まず、 遺された方もまた、深く傷ついている ということを大切にしたいと思っています。 供養とは、亡き方だけではなく、 生きている方の心を支える祈り でもあります。 「自死した人は救われない」は本当でしょうか 仏教について調べる中で、 「自死は重い罪」 「成仏できない」 という言葉を見て、不安になる方も少なくありません。 しかし、金剛庵では、 そのように単純に断じることはいたしません。 人は、それぞれに言葉にならない苦しみを抱えています。 誰にも見えない痛み。 耐え続けた苦悩。 絶望。 その背景を抜きにして、善悪だけで語れるものではないと考えています。 密教においても、 慈悲とは、裁くことではなく、寄り添うこと にあると、金剛庵では考えています。 だからこそ、 「もう苦しまなくてよいように」 「安らかであってほしい」 という祈りを大切にしております。 自死供養は、何のためにするのでしょうか 自死供養は、 単に「亡くなった方を救うため」だけではありません。 遺された方の心の中にある、 後悔 怒り 悲しみ 喪失感 言えなかった言葉 それらを少しずつ祈りへ変えていくための時間でもあります。 供養によって突然すべてが癒えるわけではありません。 しかし、 “苦しみを抱えたまま、一人で立ち尽くさないため” に、供養はあります。 金剛庵の自死供養について 金剛庵では、 故人だけではなく、 遺された方の心にも寄り添う供養 を大切にしております。 形式だけではなく、 故人様の背景、ご家族のお気持ちも含め、丁寧に向き合います。 また、 不安を煽る断定は行いません 高額な供養を勧めません 必要以上に恐怖を与えません 医療・心理的支援も尊重します という姿勢を大切にしております。 「供養した方が良いかわからない」でも大丈夫です 「何をすれば良いかわからない」 「供養が必要なのかわからない」 「誰にも話せない」 その段階でも構いません。 うまく言葉にできなくても大丈夫です。 どうぞ安心して、お話をお聞かせ下さい。 【LINEで相談する】 「自死供養について相談したい」 その一言からでも大丈夫です。 最後に 深い悲しみは、簡単に消えるものではありません。 時間が経っても苦しい。 笑うことに罪悪感がある。 前を向こうとしても、ふと崩れてしまう。 それは、決して弱さではありません。 どうか、ご自身を責め続けないで下さい。 金剛庵は、 亡き方にも、遺された方にも寄り添う供養 を大切にしております。 |
